ビール中の硫黄化合物は少量であればビールに複雑味を与える要素ですが、ビアスタイルや濃度によってはオフフレーバーの原因になります。熟成期間中、これらの硫黄化合物は反応が進み、ビールの香味にも変化が生じます。
硫黄化合物の生成源
ビール中の硫黄化合物の制御には、以下の3つが要点と言えます。
麦芽:麦芽に含まれる含硫アミノ酸(メチオニンなど)が、麦汁製造工程で分解され、S-メチルメチオニン(SMM)などの前駆体となります。
ホップ:ホップにも硫黄抱合物であるチオール前駆体微量の硫黄化合物が含まれていますが、麦芽に比べるとその寄与は小さいです。ホップ由来のチオール類は注がれるグラスまで残すことが肝要とされます。
酵母:発酵において、酵母はアミノ酸代謝や硫酸還元経路などを介して、様々な硫黄化合物を生成します。特に、硫化水素(H₂S)、二酸化硫黄(SO₂)、メルカプタン類、硫化物などが代表的です。
熟成初期の硫黄化合物
発酵直後の若いビールには、酵母由来の硫化水素(H₂S)や二酸化硫黄(SO₂)といった揮発性の硫黄化合物が多く含まれます。これらの化合物は、濃度が高いと卵の腐敗臭や焦げたマッチ臭のような不快臭として知覚されます。
熟成中の硫黄化合物の変化
熟成期間中、ビール中の硫黄化合物は、様々な化学反応や酵母の代謝活動によって変化します。
- 揮発性硫黄化合物の減少:硫化水素(H₂S)や二酸化硫黄(SO₂)などの揮発性の硫黄化合物は、熟成が進むにつれて徐々に減少します。これは、自然な揮散や、ビール中の他の成分との反応、酵母による再吸収などが原因と考えられます。
- 硫黄化合物の酸化・還元反応:熟成中にビールが酸素に触れると、硫黄化合物は酸化還元反応を受けます。例えば、メルカプタン類は酸化されてジスルフィドに変化し、香りの性質が変わることがあります。
- 酵母の自己消化(autolysis/オートリシス):熟成期間や条件によっては、酵母の自己消化によって細胞内成分がビール中に放出され、新たな硫黄化合物が生成されたり、既存の硫黄化合物が変化する可能性があります。
- DMS(ジメチルスルフィド)の変化:麦芽由来のSMMは、煮沸によってDMSに変化し、茹で野菜やコーンのような香りをもたらします。DMSは揮発性が高いため、熟成中に徐々に減少しますが、完全に消失するわけではありません。低温熟成(Lagering/ラガリング)を行うラガービールでは、DMSの低減が特に重要視されます。
- ジメチルジスルフィド(DMDS)やジメチルトリスルフィド(DMTS)の生成:熟成後期には、DMSが酸化されてDMDS(漬け物様)やDMTS(ニンニク様)といった化合物が生成されることがあります。
硫黄化合物のコントロール
醸造家は、原材料の選択、マッシング、煮沸、発酵、熟成といった各工程で、硫黄化合物の生成量や変化をコントロールし、意図するビールスタイルに合わせた香味バランスを実現します。例えば、麦芽の種類、ホップの品種、煮沸時間、酵母の選択、熟成温度、酸素曝露量などを調整することで、硫黄化合物の量をコントロールします。適切な発酵・熟成管理を行うことで、硫黄化合物はビールの香味に奥行きと複雑さを与え、高品質なビールに不可欠な要素となります。