ビール中テルペン類の化学的変化

テルペン類は主としてホップ由来の香り成分であり、ホップフォワードのビアスタイルにおいて、その特徴的なアロマを形成する上で重要な役割を果たしています。一方、テルペン類は醸造工程から飲用までに様々な化学反応を経ることでビール全体の香りの質や強度も変化します。

1.テルペン類の発生:ホップ

ビール中のテルペン類の主要な発生源ホップです。ホップのルプリン腺と呼ばれる部分に多種多様な精油成分が含まれており、テルペン類はその主要な構成成分です。ホップ品種によってテルペン類の組成や含有量が異なり、香りの個性を決定づける要因の一つです。

  • テルペン類の構造:テルペン類は、イソプレン(CH2=C(CH3)CH=CH2)という炭化水素ユニットが複数結合した構造を持つ化合物の総称です。モノテルペン(イソプレン2個結合)、セスキテルペン(イソプレン3個結合)など、イソプレンの結合数によって分類されます。ビールの香りに寄与するテルペン類の多くは、モノテルペンとセスキテルペンです。

  • 代表的なテルペン類とその香りの特徴: ビールの香りに関連する代表的なテルペン類の特徴は以下の通りです。
    テルペン化合物 / 香りの特徴 / ホップ品種例
    ・ミルセン(Myrcene) / ハーバル、樹脂、バルサム、グリーン、トロピカルフルーツ / シトラ、シムコー、ギャラクシー
    ・リモネン(Limonene) / シトラス、樹脂 / カスケード、チヌーク、マンダリナババリア
    ・リナロール(Linalool) / フローラル、シトラス、スパイシー / カスケード、アマリロ、ザーツ
    ・フムレン(Humulene) / ウッディ、アーシー、ハーバル / ザーツ
    ・カリオフィレン(Caryophyllene) / スパイシー、ウッディ / ザーツ、カスケード、ノーザンブルワー
    ・ゲラニオール (Geraniol) / ローズ、フローラル、フルーティー / シトラ、アマリロ、モザイク

2.ビール製造工程中のテルペン類の化学反応

テルペン類はビール製造の各工程で様々な化学的変化を受けます。

  • 麦汁製造工程(煮沸)
  • 揮発:テルペン類は揮発性が高いため、煮沸によって麦汁から揮散します。特に、沸点の低いモノテルペン類(ミルセン、リモネン等)は揮散しやすい傾向があります。煮沸時間が長くなるほど、テルペン類の残存量は減少します。
  • 異性化:一部のテルペン類(特にミルセン)は、煮沸の熱によって異性化を起こし、別のテルペン化合物に変化することが知られています。例えば、ミルセンは煮沸によってβ-ミルセンα-ミルセンなどの異性体に変化します。これらの異性体は、元のミルセンとは異なる香りを持つ可能性があります。
  • 発酵工程
  • バイオトランスフォーメーション(Biotransformation):酵母は、テルペン類を代謝し、構造変換させることがあります。この現象をバイオトランスフォーメーションと呼びます。酵母株ごとにバイオトランスフォーメーションの能力は異なり、テルペン類の構造を変化させ、新たな香りを生み出すことがあります。例えば、酵母はリナロールをα-テルピネオールシトロネロールに変換することが知られており、これらの変換によってアロマプロフィールに変化が生じます。

まとめ

ビール中のテルペン類は、ホップからビールへ、そして飲用されるまでの過程で、揮発、異性化、酸化、バイオトランスフォーメーションなど、様々な化学変化を受けます。これらの変化は、テルペン類の香りの質や強度を変化させ、最終的なビールの香味に大きく影響します。

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