ビール中チオール類の化学的変化

チオール類(チオール基R-SHを有する)はビール香気成分の一群であり、他の化合物と比較し低い濃度でもトロピカルフルーツ、パッションフルーツ、グレープフルーツといったアロマをビールにもたらします。

1.チオール類の発生源

ビール中のチオール類の発生源としてホップ酵母に着目する必要があります。

  • ホップ由来のチオール前駆体:ホップには、揮発性の遊離型チオール非揮発性の抱合型チオールのチオール前駆体(システイン抱合体やグルタチオン抱合体など)が含まれています。後者の前駆体自体は香りを感じることはできませんが、特定の条件下で分解されることで、揮発性の遊離型チオール類に変換されます。特に、近年の育種によって開発された、シトラ(Citra)、シムコー(Simcoe)、モザイク(Mosaic)、ネルソンソーヴィン(Nelson Sauvin)といったホップ品種は、高い濃度の抱合型や遊離型チオールを含んでいることが分かっています。

  • 酵母によるチオール代謝(バイオトランスフォーメーション):揮発性のチオール類を生成する上で鍵となるのが酵母の働きです。特定の酵母株はβ-リアーゼと呼ばれる酵素を有し、この酵素がホップ由来の抱合型チオールから遊離型チオールを切り出します。このプロセスはバイオトランスフォーメーションと呼ばれ、発酵中や発酵後のホップ添加(ドライホッピング)によって効率的に利用します。特に、特定のサッカロマイセス・セレビシエ(エール酵母/Saccharomyces cerevisiae)株や、サッカロマイセス・パストリアヌス(ラガー酵母/Saccharomyces pastorianus)株の中には、高いβ-リアーゼ活性を有する株が存在し、トロピカルなアロマをより強く引き出します。

  • 代表的なチオール類とその香りの特徴
    チオール化合物 / 香りの特徴 / ホップ品種例
    ・3-メルカプトヘキサノール(3MH) / パッションフルーツ、グレープフルーツ、グアバ   /[h抱合型]ザーツ、カスケード、シトラ、ハラタウブラン [遊離型]アポロ、ギャラクシー、シムコー、シトラ、モザイク
    ・3-メルカプトヘキシルアセテート(3MHA) / パッションフルーツ、グレープフルーツ、トロピカルフルーツ(より強調された香り) / [抱合型]ハラタウブラン [遊離型]ネルソンソーヴィン、エクアノット、ハラタウブラン、モザイク
    ・4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オン(4MMP) / ブラックカラント、猫のおしっこ(低濃度ではフルーティー) / [抱合型]ネルソンソーヴィン、アラミス、ストリスルパルト、マンダリナババリア、シムコー [遊離型]ネルソンソーヴィン、アポロ、シトラ、ギャラクシー、モザイク、シムコー

2.ビール製造工程におけるチオール類の化学変化

ビール原料由来のチオール類はビール製造の各工程で様々に変容します。

  • 麦汁製造工程(マッシング、煮沸):マッシング工程では、モルトや穀物由来の抱合型チオールは比較的安定ですが、遊離型チオール類は揮散し、煮沸工程と併せてその多くが失われてしまいます。そのため、モルトのチオールを最大限に引き出すため煮沸をしないことも選択肢になり得ます。チオール類を利用したいホップは煮沸終盤や煮沸後(ワールプール含む)での投入する必要があります。
  • 発酵工程:発酵はチオール類生成の重要なプロセスと考えられています。発酵中のホップ添加(ドライホッピング)によって酵母中のβ-リアーゼとホップ由来のチオール類が効果的に接触し、バイオトランスフォーメーションは促進されます。高すぎる発酵温度によって遊離型チオールは揮発し、旺盛な発酵によっても二酸化炭素と共にビール中から失われるとされ適切な発酵管理が要求されます。
  • 熟成・貯蔵工程:揮発性チオール類は、酸素に曝露されるとジスルフィドなどの別の化合物に変化し、特徴的なアロマが失われ、硫黄臭のようなオフフレーバーが生じる可能性があります。そのため、熟成・貯蔵中は、酸素の混入を極力避けることが重要です。

まとめ

チオール類のアロマは、ホップからそのままビールに移行するだけではなく、酵母によってさらに変換され、その質や量が強化されます。チオール類の魅力を最大限に引き出すためには、ホップ品種、酵母株、そして醸造プロセスの最適化が重要と言えます。

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