ビール中のフェノール類の化学的変化

フェノール類は、ビールの香味に多岐に影響を与える化合物群です。種類によっては、クローブやバニラのような ポジティブな風味をもたらす一方で、薬品臭やプラスチック臭といったオフフレーバーの原因となることもあります。

1.フェノール類の由来

ビール中のフェノール類は、主に以下の原材料や工程に由来します。

  • 麦芽:麦芽、特に麦芽の殻(ハスク)には、フェルラ酸をはじめとするフェノール酸が含まれています。これらのフェノール酸は、糖化工程中に酵素の働きで遊離し、その後の工程で様々なフェノール化合物へと変換される可能性があります。
  • ホップ:ホップにもフェノール酸やフラボノイド等のフェノール類が含まれていますが、その種類と量からビール中のスパイシーなフェノール香への寄与は小さいと考えられます。
  • 酵母:特定の酵母(Saccharomyces)株、特にセゾンやヴァイツェンで使用される酵母は、フェルラ酸を脱炭酸して4-ビニルグアイアコール(4VG)という、クローブのようなスパイシーな香りを有するフェノール化合物を生成します。
  • その他微生物:野生酵母や細菌による汚染も、フェノール化合物を生成する原因となります。例えば、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属酵母は、4-エチルフェノール(4EP)や4-エチルグアイアコール(4VG)といった、革のような香りや薬品臭を持つフェノール化合物を生成することがありますが、ランビック等一部のビールでは独特に調和しています。

2.醸造工程におけるフェノール類の化学的変化

ビール製造各工程でのフェノール類の化学的変化です。

  • 糖化:麦芽に含まれるフェルラ酸が、麦芽由来の酵素(フェルラ酸エステラーゼ)によって遊離します。特に、ヴァイツェン等の一部のビアスタイルでは、フェルラ酸レストと呼ばれる工程があり、40~45℃で15~30分間保持することで、より多くのフェルラ酸が麦汁に移行されます。
  • 煮沸:揮発性のフェノール化合物の一部は蒸発しますが、フェノール酸等の多くは比較的安定です。
  • 発酵:フェノール化合物の種類と量に最も大きな影響を与える工程です。
  • 4VGの生成:特定の酵母株は、フェルラ酸脱炭酸酵素の働きによりフェルラ酸を4VGに変換します。
  • その他のフェノール化合物:他の酵母株や微生物も、様々なフェノール化合物を生成します。例えば、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属は、前述のエチルフェノールやエチルグアイアコールを生成します。
  • 熟成・貯蔵:熟成期間中、フェノール化合物は比較的安定ですが、酸化反応や他の成分との相互作用により、わずかに変化する可能性があります。例えば、一部のフェノール化合物は酸化されて、より複雑な風味を形成する可能性があります。例えば、4VGは酸化されるとバニリンに変換されます。

3.代表的なフェノール化合物とその影響

  • 4-ビニルグアイアコール(4VG):クローブ、スパイシー。ヴァイツェンや一部ベルギービールで特徴的な風味。
  • 4-エチルグアイアコール(4EG):スモーキー、スパイシー、バニラ、薬品。ブレタノマイセス(Brettanomyces)由来で、一部のビールでは特有の複雑味として評価されるが、多くの場合オフフレーバーとして評価される。
  • 4-エチルフェノール(4EP):馬小屋、革、バンドエイド。ブレタノマイセス(Brettanomyces)由来で、一部の伝統的なビールでは特徴となるが、多くのビールではオフフレーバー。
  • グアイアコール(Guaiacol):スモーキー、薬品。焙煎された麦芽や酵母によって生成される。ラオホビールでは特徴的な風味。
  • バニリン(Vanillin):バニラ。4VGの酸化、もしくは、木樽由来(木材のリグニンが分解されて生成)。
  • クロロフェノール(Chlorophenols):薬品、バンドエイド、プラスチック。塩素処理された水とフェノール化合物が反応して生成する、非常に強いオフフレーバー。

まとめ

ビール中のフェノール類は、原材料、酵母、醸造工程、微生物汚染等の様々な要因によって生成され、その種類と濃度によってビールの香味に大きく影響を与えます。酵母由来の4VGのように一部のビアスタイルに特有な風味をもたらすものもあれば、クロロフェノールのようにオフフレーバーとなるものもあります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール