ノンアルコールビールのホップアロマ極大化戦略

ノンアルコールビールにアロマ成分であるテルペン類やチオール類を効果的に溶解させ、アロマを極大化する方法、およびチオール類の官能閾値について考察し、ホップフォワードなIPA系ビアスタイルの再現をアルコール度数1%未満で目指します。

1. テルペン類とチオール類を効果的に溶解させ、アロマを強化する方法

テルペン類(リナロール、ゲラニオール、ミルセン等)やチオール類(4MMP、3MH、3MHA等)は、ホップ由来の主要なアロマ化合物です。これらをノンアルコールビールに効果的に溶解させ、アロマを強化するには、いくつかの戦略があります。

a. ホップの投入タイミングと方法

  • ドライホッピング(コールドサイド)
  • 最も効果的:テルペン類やチオール類のような揮発性の高いアロマ化合物は、熱によって容易に揮発・分解してしまいます。そのため、煮沸後、そして発酵が終了し、液体が冷えた段階でのドライホッピングが最もこれらのアロマを保持・溶解させるのに効果的です。
  • 投入量と期間:ホップフォワードのIPAを意識する場合、伝統的なIPA以上に大量のホップを投入します(例えば、5g/L〜20g/L以上)。数日間(3〜7日程度)漬け込むのが一般的ですが、長すぎると「草っぽい」好ましくないフレーバーが出ることもあるため、定期的なテイスティングでピークを見極めます。
  • 温度:ドライホッピングの温度は、アロマの抽出に影響します。低めの温度(0〜5℃)でのドライホッピングはクリーンなアロマを、やや高めの温度(15〜20℃)ではより多くの抽出を促すと言われますが、ノンアルコールビールでは望まない微生物の繁殖を抑制するため低温でのドライホッピングが適すると考えられます。
  • ワールプールホッピング(ホットサイド)
  • 煮沸を終え、火を止めた後、冷却を開始する前の高温(約80〜95℃)の段階でホップを投入し、一定時間(10〜30分程度)漬け込む方法です。
  • テルペン類の一部(特にゲラニオール、リナロール)や結合型チオール前駆体を効果的に抽出でき、バイオトランスフォーメーション(バイオトランス)によるアロマの複雑化が期待されます。

b. 酵母の選択と発酵

  • チオール変換能の高い酵母:一部の酵母株(Omega Yeast Thiolized Yeast、Lalbrew Verdant IPA等)は、ホップや麦芽に含まれる非アロマ性のチオール前駆体(例:システイン結合型チオール)を、アロマ性の遊離チオール(例:3MH、4MMP)に変換する酵素(β-リアーゼ)を発現します。テルペン類の変換能が高い酵母株(LalBrew BRY-97等)も効果的と考えられますが、後述の理由によりチオール類を軸にしたアロマ設計を目指します。
  • バイオトランス:酵母由来の酵素がホップのテルペン類や結合型チオール類(チオール前駆体)等を代謝し、異なる化合物(例:ゲラニオールからシトロネロール)に変換する現象です。ノンアルコールビールは発酵させる糖類の濃度が低く、発酵期間も短いため、発酵初期段階までに前駆物質を麦汁に溶解させることが重要と考えられます。

c. 液体の状態と温度

  • 低温での保存・提供:テルペン類もチオール類も揮発性が高いため、完成したノンアルコールビールは常に低温で保存・提供することで、アロマの劣化や揮発を最小限に抑えることができます。
  • 炭酸:適切な炭酸レベルは、香りの立ち上がりを助け、揮発性アロマ成分を効率よく鼻腔に届ける役割も果たします。

2. チオール類の官能閾値

チオール類の官能閾値は極めて低い!

  • 官能閾値が低いとは:ごく微量な濃度であっても、人間の嗅覚がその存在を感知できることを意味します。例えば、4MMP は、ブラックカラントや猫のおしっこのような特徴的な香りを持つチオールですが、その官能閾値はppt(parts per trillion、1兆分の1、国際規格50mプールに目薬0.1滴よりも小さい) オーダーと言われるほど極めて低いです。
  • 少量でも効果的:この非常に低い閾値のおかげで、ビール中にチオール類がたとえ少量しか溶解していなくても、官能閾値以上の濃度であればアロマを感じることができます。実際、大量に存在すると不快な硫黄臭につながることもありますが、適量であればトロピカルフルーツやブラックカラント、パッションフルーツのような魅力的なアロマとして寄与します。

ノンアルコールビールにおけるチオール類の重要性

ノンアルコールビールは、アルコールによるアロマの保持力が通常のビールに比べて劣る傾向があります。そのため、官能閾値が低いチオール類は、少量でも大きなアロマインパクトを与えることができ、ノンアルコールビールのホップアロマを強化する上で非常に有力な化合物となります。

ただし、チオール前駆体の含有量はホップの品種(ネルソンソーヴィン、シトラ、モザイク等)や栽培環境に依存します。前述の酵母の選択やワールプールホッピングと組み合わせてチオール類の極大化を図ります。

まとめ:ノンアルコールビールのアロマ強化において、前駆物質含めチオール類の含有量の高いホップ品種の選択、効率的なドライホッピングとワールプールホッピング計画、チオール変換能力を持つ酵母の選択が重要です。チオール類はその低い官能閾値により、低濃度でも特徴的なアロマを期待できるため、積極的にそれらの抽出・バイオトランスを狙う価値があります。

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