例えばOat Cream TDH Hazy IPAのような、比重の高いビールのアルコール度数を正確に測定するには、蒸留法が最も信頼できる方法と考えられます。これは、エタノールそのものを分離して測定するため、他の溶存物質の影響を受けにくいからです。
蒸留法
蒸留法は、完成したビールのアルコール度数を測定するための最も確実な方法であり、アメリカのTTB(酒類・たばこ税貿易局)などの規制機関でも使用されている方法です。
- 分析理論:既知の体積のビールを加熱すると、水よりも沸点が低いエタノールが最初に気化します。この蒸気は冷却され、液体(蒸留液)に戻されます。得られたエタノールと水の混合液(蒸留液)の比重を、校正された比重計またはデジタル密度計で正確に測定します。この精製された溶液の比重は、そのエタノール濃度と直接相関します。
- 有効性:このプロセスの鍵は、エタノールと水を、残糖、タンパク質、デキストリン、ホップ成分、酵母といったビール中の他のすべての成分から物理的に分離することです。これらの不揮発性成分は蒸留フラスコ内に残ります。元のビールを比重計や屈折計で測定する場合、他の成分がエタノールに影響を与える可能性があります。
蒸留法における香気成分の挙動
蒸留法は、成分の沸点の違いを利用して分離を行いますが、ホップ由来のテルペンなどの香気成分は、蒸留法でエタノールと完全に分離することは困難です。
- エタノール:沸点 78.3°C
- 水:沸点 100°C
- テルペン類:沸点 150°C〜180°C(ミルセン、リナロール等)
理想的な状況では、エタノールは水よりも低い沸点を持つため、最初に蒸発して蒸留液として回収されます。テルペン類はエタノールよりもさらに高い沸点を持つため、理論上は蒸留フラスコ内に残ると考えられます。しかし、実際のビール中では、単純な沸点だけでは説明できない複雑な挙動が起こります。
- 共沸現象:エタノールと水が混ざり合うことで、純粋なエタノールの沸点とは異なる共沸混合物を形成します。これにより、沸点が高めの香気成分も、エタノールと一緒に蒸発する可能性があります。
- 蒸気圧:ビール中では、テルペン類などの香気成分はごく微量ですが、高い蒸気圧を持つため、エタノールや水と一緒に蒸発しやすい傾向があります。
- 水蒸気蒸留:沸点が高いテルペン類は、水蒸気蒸留の原理で、水蒸気と一緒に蒸発して留出することが知られています。
このため、蒸留液中には、微量ながらホップ由来の香気成分が含まれることになります。
香気成分のアルコール度数測定への影響
アルコール度数の測定という観点では、この香気成分の存在は無視できる濃度です。ガスクロマトグラフィー(GC)のような高度な分析機器では、蒸留液中の微量のテルペンを検出できますが、これらの香気成分の質量は非常に小さく、蒸留液の比重や密度に与える影響はほぼゼロです。したがって、蒸留法は、ビールのアルコール度数を正確に測定するという目的においては、他の方法(比重計や屈折計)の誤差と比較して、完全に信頼できる方法と言えます。しかし、もし香気成分のみを分離して分析することが目的であれば、蒸留法は適していません。その場合は、固相マイクロ抽出(SPME)やヘッドスペース分析といった、香気成分の抽出・濃縮に特化した別の分析手法が用いられます。
その他の測定方法とその限界
高比重のビールにおいて、他の一般的な測定ツールの欠点もご指摘の通りです。
- 比重計(ハイドロメーター):標準的なビール醸造では、初期比重(OG)と最終比重(FG)の差からアルコール度数(ABV)を計算します。
- 限界:比重が高く濁ったビールには、オーツ由来の非発酵性糖類、タンパク質、ホップ由来のコロイドが豊富に含まれています。これらの成分がFGを押し上げるため、実際のABVを過小評価する可能性があります。ABV計算式は、FGが水とアルコールのみで構成されていると仮定していますが、このケースでは当てはまりません。
- 屈折計(リフラクトメーター):屈折計は、溶解している固形物(糖類)の濃度に影響される屈折率を測定します。
- 限界: ドライホップは、ビール中にかなりの量のホップ由来の糖類、多糖類、その他の化合物を溶け込ませます。これにより、最終的なビールの屈折率が変化し、屈折計に基づくABV計算は不正確になります。この器具は、追加された固形分によって「騙されて」しまうのです。
- ガスクロマトグラフィー(GC):ガスクロマトグラフィーは、もう一つの非常に正確な、実験室ベースの測定方法です。
- 工程:サンプルを気化させ、長いカラムを通過させます。異なる成分(エタノール、水等)がカラムを異なる速度で通過するため、分離して個別に定量することができます。
- 利点:GCは極めて精密であり、エタノールだけでなく他の揮発性化合物も測定できます。ただし、高価であり、ほとんどの醸造所にとって実用的ではありません。
結論として、高比重の残糖と、オーツクリームや大量のドライホッピングによる複雑なコロイド懸濁を持つビールでは、蒸留法が真のアルコール度数を測定するための最も信頼性が高く、科学的に妥当な方法です。これは、ほぼすべての干渉物質を物理的に除去し、エタノールのみをより正確に測定する技術です。