日本のクラフトビール市場が世界的なラガー復権のトレンドに乗り切れていない主な理由は、市場の成熟度、消費者の嗜好、そして醸造技術の習熟度の違いにあると考えられます。
1. 市場の成熟度とトレンドの段階
世界のクラフトビール市場、特にアメリカやヨーロッパでは、すでにIPA、特にHazy IPAのブームが一定のピークを迎え、消費者の嗜好が次の段階へと移行しつつあります。IPAの強烈なアロマと高アルコールに慣れた層が、より洗練された、食事に合う、クリーンな味わいを求めるようになり、「クラフトラガー」という新たな価値が見出されました。これは、クラフトビールの多様性を追求する動きであり、市場の成熟を示すサインです。
一方、日本のクラフトビール市場は、アメリカに比べてブームの立ち上がりが遅かったため、今まさにHazy IPAというスタイルが広く浸透し、新しい消費者を獲得している段階です。この「Hazy IPAトレンド」がまだピークに達していないため、多くのブルワリーがHazy IPAの製造に注力しており、消費者の関心もそこに集中していると考えられます。
2. 消費者の嗜好と「ラガー」のイメージ
日本では、長年にわたり大手メーカーのラガービールが市場の大部分を占めてきました。そのため、多くの消費者にとって「ラガー=大量生産された安価なビール」というイメージが定着しています。クラフトビールに求める「特別感」や「独自性」とは対極にあるものと認識されがちです。
一方で、世界的なラガートレンドは、単なるラガーの復権ではなく、「クラフトマンシップ」を追求した「プレミアム・クラフトラガー」の台頭です。これは、伝統的な製法と素材を使い、時間と手間をかけて造られた、クリーンでクリアな高品質なラガーであり、日本の消費者が抱く「ラガー」のイメージとは異なります。
3. 醸造技術のハードル
ラガーは、Hazy IPAに比べて醸造の技術的なハードルが高いとされています。
- 欠陥が目立つ:ラガーはクリーンな味わいが特徴のため、オフフレーバーや醸造過程の小さなミスが非常に目立つ傾向です。
- 長期の低温発酵・熟成:ラガーは、低温での長時間の発酵と熟成が必要であり、このための設備投資(温度管理が可能なタンク等)やスペースが小規模ブルワリーには負担となります。
- クリアリング:濁りのないラガー製造には、手間のかかる濾過や熟成プロセスが必要です。
日本の多くのブルワリーは、比較的短期間で製造でき、ホップの香りでオフフレーバーを隠しやすいHazy IPAに注力することで、初期投資や製造コストを抑えながら、消費者の需要に応えてきました。
これらの複合的な要因により、日本のクラフトビール市場は、世界的なラガー復権の波に乗り切れていない状況にあると考えられます。しかし、高品質なラガー製造に挑戦するブルワリーによって、今後徐々に日本のクラフトラガー市場が拡大していく可能性はあります。