ホップ由来のテルペン類は、IPAに特徴的なアロマとフレーバーを形成する上で、非常に重要な役割を果たしています。テルペンは、ホップの精油成分の主要な構成要素であり、多種多様な香りの元となる化合物群です。
テルペンは、雌ホップの毬花/球花(つぼみ様)のルプリンと呼ばれる部分に多く含まれ、蒸留や抽出によってホップ精油として取り出すことができます。ホップ品種によってテルペン類の構成割合は異なり、これがビアスタイル、特にIPAの多様性を生み出す要因の一つとなっています。
IPAに影響を与える代表的なテルペン類としては、以下のようなものが挙げられます。
- ミルセン (Myrcene): ハーバル、樹脂のような香りをビールに付与します。特にアメリカンIPAで多用されるシトラ系ホップに多く含まれ、その特徴的なアロマの一端を担っています。ミルセンは比較的沸点が低いため、煮沸工程で揮発しやすい傾向にありますが、ドライホッピングによって効果的にビールに香りを移すことが可能です。
- フムレン (Humulene): ウッディ、アーシー、スパイシーな香りをビールにもたらします。ヨーロッパ系ホップに比較的多く含まれ、伝統的なIPAの落ち着いた香りの背景を形成しています。フムレンは煮沸安定性が比較的高いテルペンで、麦汁煮沸時にもある程度残存し、ビールに風味を与えると考えられています。
- カリオフィレン (Caryophyllene): スパイシー、ペッパー、クローブのような香りが特徴的なテルペンです。フムレンと同様に、ヨーロッパ系ホップに多く含まれる傾向があり、ビールの風味に奥行きと複雑さを与えます。また、カリオフィレンは抗炎症作用などの生理活性も報告されており、健康機能性への関心も高まっています。
- リナロール (Linalool): フローラル、シトラス、ラベンダーのような華やかな香りが特徴のテルペンです。一部のアメリカンホップや、ヨーロッパ系ホップにも含まれ、IPAに華やかさと繊細さをもたらします。リナロールは比較的デリケートなテルペンで、酸化や熱に弱いため、ドライホッピングで効果的に添加することで、その香りを最大限に活かすことができます。
これらのテルペン類は、単独で香りを形成するだけでなく、複数種類のテルペンが複雑に組み合わさることで、IPAの奥深いアロマプロファイルを作り出しています。例えば、シトラ系ホップ由来のIPAでは、ミルセン、リナロール、ゲラニオールなどが複雑に絡み合い、グレープフルーツ、オレンジ、松のような多層的な香りを生み出します。
また、IPAの製造工程においても、テルペンを最大限に活かすための工夫が凝らされています。特にドライホッピングは、麦汁調整以降のビールにホップを投入することで、熱に弱いテルペンを効率的にビールに移行させる技術として重宝されていますドライホッピングに使用するホップ品種、形態、量、投入時期、温度などを調整することで、香りが多用に変化し、IPA製造の鍵と言えるでしょう。