ノンアルコール(アルコール度数1%未満)でありながら、麦芽、ホップ、発酵由来の風味の強いビールテイスト飲料の調整には、クリーンなアサヒドライゼロの再現とは異なる難しさがあります。特に、酵母由来の発酵風味を強く出しながら、アルコール生成を抑えるという制限は大きな課題です。これは、酵母が活発にアルコール発酵を行っている段階で、フレーバー成分(エステル類等)生成も高い傾向にあるからです。アルコール生成を抑えるために発酵を途中で止める、あるいは最初からアルコールができにくい条件で発酵させると、同時に狙った発酵風味も弱く、アルデヒド等が寄与する未発酵風味も残存します。今回は、酵母の発酵を利用しながら、麦芽およびホップの風味も最大限引き出すアプローチを考察します。
以下に、そのための技術的なポイントを挙げます。
目標:麦芽/ホップ/発酵マシマシ
レシピ設計
- 麦芽:麦芽の風味を最大限に引き出すために、モルトの使用量を多くするか、濃縮されたモルトエキスを使用します。ベースモルト(ペールモルト等)に加え、風味に深みを与えるために少量のスペシャルティモルト(カラメルモルト等)を加えることも選択肢に挙げられます。
- 副原料(糖類):シンプルな砂糖(グラニュー糖等)の使用は避けます。これらは酵母によってエタノール(アルコール)に代謝されるためです。糖類を使用する場合は、酵母に資化されにくいマルトデキストリン等が適切です。
- ホップ:ホップの風味を強く表現するには、煮沸、ワールプール、発酵中、発酵後の製造行程全体を通して大量のホップを使用します。煮沸段階ではビタリングホップ品種、ワールプール以降ではアロマホップ品種(シトラ、モザイク、ネルソンソーヴィン等)を選択します。最終アルコール度数が低いため、一部の非極性アロマ成分(テルペン類)は飲料に残存しにくいと考えられます。これら成分の溶解は乳化剤の使用により改善されると考えられ、次回以降考察します。
- 酵母:フレーバー生成能は高く、糖代謝能は低い酵母株を選択します。
- ブリティッシュエール酵母:マルトトリオースを資化せずエステル産生が高いブリティッシュエール酵母(例:LalBrew British-Style Ale Yeast Windosr)が使いやすいと考えられます。エステルやフェノールを産生するベルジャン酵母、フルーティーなエステルを出すヴァイツェン酵母等も候補になりますが、糖代謝能が高く、アルコール度数の調整が難しくなります。一部セゾンイースト等STA1遺伝子を有する酵母(Saccharomyces cerevisiae var. diastaticus)はデキストリンを資化可能なため、使用を避けなければなりません。次回以降はバイオトランスフォーメーションにも着目して酵母の選択を考察します。
- マッシング
- 高温糖化:発酵性の糖の生成を抑えるために、糖化温度を通常より高めに設定します(例:68℃〜72℃)。これにより、最終的にアルコールになり得る糖質が減り、発酵が早く止まると同時に、デキストリンが多いため、ノンアルコールでもボディのある仕上がりになります。
- 煮沸
- 通常通り煮沸(60〜90分)を行います。ビタリングホップは煮沸開始時に入れ、目標IBUに達するように量を調整します。
- アロマホップを煮沸終了直前(10分〜0分)と、火を止めてから冷却するまでのワールプール中に投入します。
- 冷却と酵母投入
- 麦汁を酵母の発酵に適した温度、特に狙ったフレーバーを出すための温度に速やかに冷却します。エステルを強く出す場合は、酵母の推奨温度帯のやや高めに設定します。
- 通常のビール醸造よりもやや少なめに酵母をピッチングする手法も(風味を強く出すために)考えられますが、オフフレーバー(ジアセチル、アセトアルデヒド等)のリスクが高まる可能性があります。
- 発酵行程のモニタリング
- 比重計(または重量計)を使い、頻繁に麦汁の比重を測定します。スケールが小さい場合は、電子天秤(重量計)による重量減少からアルコール度数を計算する方法が容易です。糖質だけでなくエタノールも屈折率に影響するため、糖度計によるモニタリングは難しいかもしれません。
- 重要:計算上のアルコール度数が1%未満になるポイントに達したら、即座に発酵を完全に停止させます。アルコール度数は(初期比重(OG) – 現在の比重) / 7.5 程度の計算で目安がつけられます。例えば、1%未満に抑えるには 初期比重(OG) 1.050 から 最終比重(FG) 1.042 程度で止める必要があります。
- 発酵の停止
- 比重が目標値に達したら、全量を急速に冷却(4℃以下)(コールドクラッシュ)し、酵母の活動を停止させます。
- ドライホッピング
- 発酵が完全に停止し、ビールが冷えた状態で、アロマホップを投入します。数日〜1週間程度で取り除くか、そのまま低温で保持します。
- 酵母の分離と清澄化
- 必要であればゼラチン等の清澄剤を使用し、酵母を沈殿させて分離します。
- 炭酸ガス添加
- 強制的に炭酸ガスを注入し、適切な炭酸レベルにします。
- 微生物汚染の観点からボトルコンディションは難しいと考えられます。
- 低温殺菌(パスチャライゼーション)
- 低アルコール度数下の微生物汚染回避が目的で、ボトリング後の低温殺菌(例えば60℃で30分)実施が望ましいです。
- 加熱は風味に影響を与える可能性があります。
この手法は、精密な調整が要求されるため、多くの試行錯誤が必要です。しかし、麦芽・ホップ・酵母由来の風味を最大限に引き出しつつノンアルコールを目指すという点では、最も正統的なアプローチと言えます。