ビールにおける「トマト様」と表現されるオフフレーバーは、多くの場合、硫化ジメチル(DMS)に起因します。DMSは「茹でた野菜」「スイートコーン」「カニ」様のアロマとしても感知されます。DMSの発生源は麦芽と酵母代謝の主に二つあり、それぞれのメカニズムと適切な対策について考察します。
DMSの発生源と発生メカニズム
DMSの主な発生経路は、麦芽に含まれる前駆体の分解と、酵母の代謝による還元です。
1. 麦芽由来のDMS
発生源:麦芽にはDMSの前駆体であるS-メチルメチオニン(SMM)が含まれています。SMMは大麦が発芽する過程で生成されるアミノ酸の一種で、麦芽、特にピルスナーモルトやラガーモルトのような淡色麦芽に多く含有される傾向にあります。これは、麦芽の乾燥(もしくは焙燥)温度が低いほどSMMが分解されずに残るためです。
発生メカニズム:SMMは麦汁の煮沸中に熱によって分解され、揮発性の高いDMSが生成されます。このDMSは揮発性であるため、通常は麦汁の煮沸時に蒸気と共に効率的に除去されます。従って、煮沸が不十分であったり、煮沸後の麦汁冷却が遅れると、生成されたDMSが麦汁中に残存してしまいす。特に冷却中に高温状態が続くと、分解されていないSMMがDMSへと変換され続ける「DMSストライク」と呼ばれる現象が起こり、DMS濃度が高まるリスクがあります。
2. 酵母の代謝由来のDMS
発生源:麦芽由来のSMMの一部は、煮沸工程や麦汁の貯蔵中に酸化されてジメチルスルホキシド(DMSO)に変換されることがあります。DMSOはDMSとは異なり揮発性が低いため、煮沸では除去されにくく、そのまま発酵槽に移行します。
発生メカニズム:酵母は、ジメチルスルホキシド還元酵素(DMR)という酵素を持っており、この酵素を用いて麦汁中のDMSOをDMSへと還元します。この還元反応は酵母の硫黄代謝経路の一部であり、特に嫌気的な条件下で、電子受容体としてDMSOを利用することで、酵母細胞内の酸化還元バランスを調整する役割を果たすと考えられています。
- DMR活性の変動要因
- 酵母株の特性:酵母株によってDMRの遺伝子の発現量や酵素活性が異なり、DMS産生能力に差が出ます。一般的にラガー酵母(Saccharomyces pastorianus)はエール酵母(Saccharomyces cerevisiae)よりもDMR活性が高い傾向です。
- 発酵温度:低い発酵温度はDMR活性を高め、DMSの産生を促進する可能性があります。
- 麦汁の栄養状態:麦汁中の遊離アミノ態窒素(FAN)や酸素濃度の不足、高い麦汁初期比重(OG)は、酵母にストレスを与え、DMS産生の要因となることがあります。
- 細菌汚染:一部の細菌(特に特定の乳酸菌)もDMSOをDMSに還元する能力を持ち、DMSオフフレーバーの原因となることがあります。
DMSを発生させないための対策
DMSは複数の要因が絡み合って発生するため、仕込みから発酵に至るまでの全工程で対策を講じることが重要です。
1. 麦芽由来のDMS対策(仕込み工程)
- 十分な麦汁煮沸
麦汁は最低60分間煮沸します。煮沸中はケトルの蓋を開放することで、発生したDMSが蒸気と共に効率的に揮散されます。 - 迅速な麦汁冷却
煮沸を終えた麦汁は、速やかに冷却器を使って急冷します。高温状態が長く続くと、残存するSMMからのDMS生成が継続するため、素早い冷却はDMSの蓄積を防ぐ上で非常に効果的です。
2. 酵母代謝由来のDMS対策(主に発酵工程)
- DMS産生能が低い酵母株
エールスタイルに対して、敢えてラガー酵母(Saccharomyces pastorianus)を採用することは避けます。 - 適切な発酵温度
酵母株毎に推奨される発酵温度帯を選択し、酵母への過剰なストレスを回避します。また、極端な低温発酵はDMS産生を促進する可能性があります。 - 健全な発酵
- 適切なピッチングレート(酵母投入量):少なすぎると酵母がストレスを受け、オフフレーバー発生の原因となります。
- 十分な酸素供給(エアレーション):発酵初期に適切量の酸素を麦汁に供給することで、酵母が出芽に必要な細胞膜成分(ステロール等)を合成し、健全に増殖します。醸造用ドライイースト(乾燥酵母)には細胞増殖に必要なステロールが十分に蓄積されており、推奨投入量に従えばエアレーションは不要です。
- 麦汁の栄養 :麦汁中の利用可能な窒素(FAN)やその他ミネラル等の栄養素が不足している場合は、必要に応じて酵母栄養剤を添加し、酵母へのストレスを回避します。
- 衛生管理
醸造設備全体の徹底した洗浄と殺菌は、細菌汚染によるDMS発生を防ぐためにも不可欠です。
DMSオフフレーバーの発生は、麦芽と酵母、そして醸造プロセスの様々な要因が絡み合う複雑な課題です。これらの発生源とメカニズムを深く理解し、各工程で適切な対策を講じることで、DMSによる不快な風味を最小限に抑え、高品質でクリーンなビールを造ることが可能になります。